モチΩスクランブル展 残り1週間

モチΩスクランブル展、早いもので、最終日の餅まき大会まで残す所あと1週間。おいおい、制作途中じゃん!なんて言われながら7月1日のオープンを迎え、なんとチラシが出来たのはオープンから10日後というアバンギャルド過ぎる展開のまま、公開制作ですよ〜、アートプロジェクトですよ〜、進行形なんですよ〜と言いながらもう50日が過ぎた訳ですが、自分で言うのも何ですが、この50日でかなり進化してきた餅まきロボ「RM-1Ω」。
今日の夕方に、餅まき大会用の餅米60kg(餅約2000個分)を美術館に取りに行き、展示室に立ち寄り、ロボを稼働させたまま、何カ所か修理やら改造やらしながら、子どもたちに餅を投げ続けるRM-1Ω。映像は閉館間際の展示室。すでに1時間ほど餅ばい(餅を奪うの土佐弁)、というか餅のキャッチ&リリースに没頭する子どもたち。この短時間でも、餅の取り方がだんだん上手くなるのが良く分かり、この様子を見ている他の大人からも「上手になったね〜」と声かけられたり。

来週からは、記録集の編集も本格的になってくる。集まった沢山のUFO情報や餅まき情報をどう記録していくか。そして、RM-1Ωの変遷もどの様に記録に残すか。
橋本誠さんと斎藤努さんとのトーク「土着文化とアート」では、地域の中でのアートの在り方、土着文化との対比、関係、などについて本質的な意見交換が出来たので、このテープおこしも頑張らねば。地域に関係が広がった時の齟齬や違和感こそが重要で、そういった齟齬や違和感も含めてどのようにアーカイブを残して行く事が出来るのか、という事が重要という視点が見えてきた。白川昌生さん、川浪千鶴さんとのトーク「贈与の文化とアート」では白川さんの著書を基に経済を3段階に分けて、資本主義経済以前の贈与行為が人の生きる振る舞いとして重要で、しかし資本主義経済そのものも実は贈与や神秘性の経済が無ければ存在出来ないという部分の話ができました。それは地域社会の中や人々の日々の振る舞いの中に沢山ある。白川さんを通じて確認できたこういった視点が、今後、私の中でアートプロジェクトを語る上で本質的なベース、特に多くの人に良く尋ねられる「お金になるの?」的な部分にしっかり「ならないが贈与はある」と言い切れるベースが出来たと思っています。これもしっかりテープおこししないと。あああ、まだまだやる事がいっぱい。
9/2のモチΩスクランブル最終日の餅まき大会を皮切りに、怒濤の9月がはじまってしまう。その前にいろいろとやらねばならない事が・・・。

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